書籍や映画にもなっている「忠犬ハチ公」。

渋谷駅に銅像として佇み、その場所はハチ公前として待ち合わせ場所としても人気のスポットとなっています。

ハチはなぜ忠犬と称されこれほどまでに人々に知られることになったのでしょうか。

その理由は飼い主である東京帝国大学農学部教授・上野英三郎とハチの絆にあります。

その深い絆の一端をのぞいてみましょう。

ハチの犬種・出生

ハチの犬種は日本犬唯一の大型犬、秋田犬(あきたいぬ)で、秋田犬は国の天然記念物にも指定されています。

秋田犬は飼い主に良くなつく忠実な犬として人々に愛されてきました。

そんな秋田犬のハチは1923年に秋田県大館市の斉藤儀一宅で生まれました。

東京渋谷の上野教授は常日頃、秋田犬を欲しがっており、縁あってハチが飼われることとなりました。

生後間もなく20時間をかけて秋田県からはるばる東京渋谷にやってきたのでした。

このときハチが乗ってきた列車は長年渋谷着だと言われてきましたが、実際は上野駅着だったそうです。

渋谷でのハチの生活

上野教授に飼われたハチはたいそうに可愛がられました。

上野教授宅には先に飼われていたジョンとエスという犬がいましたが、この2頭とも、特にジョンは良くハチの面倒を見て仲が良く、幸せな生活だったことでしょう。

またハチたちも仕事の上野教授を見送り、そして出迎え疲れを癒したのでした。

ハチが渋谷駅や東京帝国大学農学部校門まで迎えに行く話は有名ですが、実はジョンもエスもそれぞれ異なる場所ですが迎えに出ているのです。

皆、上野教授をすごく慕っていたのです。

上野教授の急死

1925年5月21日、教授会会議を終えた上野教授は脳溢血により急死してしまいます。

ハチと出会ってわずか1年と少しの時間でした。

この日上野教授を見送ったのはハチだけでした。

上野家では大変な騒ぎとなり、葬儀の準備のため上野教授の遺留品は一か所にまとめられていました。

ハチは主人を求め3日間何も食べずに遺留品に寄り添ったと言います。

また25日にはお通夜が行われましたがハチとジョン、エスは上野教授を渋谷駅まで迎えに行ったのでした。

上野教授亡き後のハチ

主人を失ったハチは、この後住処を転々とすることを余儀なくされます。

上野未亡人の親戚を頼り日本橋伝馬町や浅草を渡り歩いたハチですが、お互いの悪気はなくとも環境や立場などから新しい飼い主とハチの幸せが合わさることはありませんでした。

一度は世田谷に居を移した上野家に戻り上野教授の養女家族に可愛がられたハチは、しかしまたしても近所との折り合いがつかず離れることとなります。

紆余曲折を経て最後にたどり着いたのは、上野教授宅に出入りしていた植木職人の小林菊三郎のもとでした。

安息の地を得たハチ

渋谷からほど近い富ヶ谷の小林宅に引き取られたハチは、小林とその家族にも非常に良く可愛がられました。

小林は秋田県からきたハチを上野駅で受け取り上野家に届けた人でした。

この頃からハチは渋谷駅に亡き上野を迎えに行くようになったと言います。

ハチは上野教授がなくなった後、様々な地を渡り歩きましたが、渋谷駅が近くにあるところでなければいけなかったのでしょう。

ハチはついに安息の地を手に入れたのでした。

ハチが忠犬と呼ばれるまで

渋谷駅に亡き上野教授を迎えに行くことが日課になったハチですが、ハチにとって外の世界は安心できない場所でした。

時には行商人に虐げられ、時には子供に悪戯をされ・・・駅の人々も最初はハチを歓迎してはいませんでした。

事情を知らなかったのです。

1932年、日本犬保存会会長の斉藤弘吉氏は、かねてより知っていたハチを渋谷駅で見かけ、その不遇を哀れみ東京朝日新聞に「いとしや老犬物語」のタイトルで寄稿しました。

これがきっかけでハチはその境遇を含め人々に広く知られることになります。

亡き主人を待つハチの姿は人々の心を動かし「忠犬ハチ公」の名で呼ばれ親しまれます。

ハチ公像の建立はそうした流れを紡ぎ行われ、除幕式にはハチ自身も参列しました。

そして不遇から一転脚光を浴びたハチは遂には映画デビューまで果たすのでした。

ハチの最後

人々に可愛がられるようになり幸せに晩年を過ごしたハチ。

上野教授が亡くなり10年ほどが経った1935年3月5日、渋谷川にかかる橋のあたりでひっそりと亡くなりました。

普段はハチがいかない場所だったそうです。

死因はフィラリアによるものとされていますが、一説には肝臓病とも言われています。

ハチの死に人々は大いに悲しみ、12日には盛大な告別式が行われました。

そこには上野未亡人や小林夫妻、町の人々の姿もありました。

また宮益坂妙祐寺の僧侶による読経や大量の献花、香典など、その反応は大きなものでした。

ハチ公像は戦争の際、資源供給のため一度は溶かされてしまいますが、戦争後に再建立の機運が高まり今のハチ公像ができています。

忠犬ハチは今、東京都港区の青山霊園で上野教授と一緒に静かに眠っています。

忠犬ハチ公のことを知ろう

主人である上野教授を寒い日も暑い日も、心無い一部の人に虐げられても、ただひたすらに待ち続けたハチ。

その忠義に人々は感動し、遂には渋谷駅に銅像が建つまでに至りました。

今でも渋谷駅のシンボルとなっているハチは天国で上野教授と再会し幸せに暮らしていることでしょう。

太古の昔から犬は人間の良きパートナーとされてきました。

ハチ公の物語も人と犬の間を超えた素晴らしい関係の一つであり、犬と共に暮らす人々すべてにそういった絆と物語があるのかもしれません。